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宝塚の民話・第2集の11

ID番号 1003687 更新日  平成26年11月10日  印刷

鐘の緒(かねのお)

むかし、中山の観音様を大変信仰(しんこう)していた多田行綱(ただの ゆきつな)(注1)という武将がいました。行綱は暇さえあれば中山寺に足を運び、観音様にお参りしていました。
ところが、行綱の妻はうたぐり深い女性で、行綱が度々でかけるのは「よそに好きな女性がいるに違いない。もう私のことなど嫌いになったのでしょう」とひがみ、行綱を困らせていました。
行綱が「私は中山寺の観音様のお参りに行っているだけだ。うそだと思うなら、お前も一緒に行こう」とさそうのですが、妻は応じません。
あるうららかな春の日のこと、行綱は「桜で有名な吉野へは、遠くてなかなか行けないが、中山寺の桜もなかなかのものだ。花見にいかないか」と言って、妻を誘ってみました。

鐘の緒の挿し絵

「そうですね、日頃のうさ晴らしに行ってみましょうか」と妻は出かける気になり、二人は初めて花見がてら、お参りにでかけました。
中山寺の境内(けいだい)には色々な出店が並び、桜も丁度見ごろです。大勢の花見客で華やいだ雰囲気(ふんいき)に妻の心もなごみました。
「せっかく来たのですから、お参りしましょう」と本堂の前に立ち、鰐口(わにぐち)(注2)の鐘の緒(注3)に手を触れたとたん、サッと風が吹き上げました。
その瞬間、夫人の結っていた黒髪がほどけ、鐘の緒とからみあい、あれよあれよといううちに、夫人はつるし上げられ、宙ぶらりになりました。
悲鳴をあげて、ぶら下がっている妻を助けようと、行綱は一生懸命(いっしょうけんめい)になりましたが、どうすることもできません。まわりにいた人々もワイワイ騒ぐばかりです。
さわぎを聞いて中山寺の偉いお坊さんが駆けつけて来て、おもむろにお祈りを始めました。すると、不思議にも黒髪と緒のよじれが解けはじめ、夫人は無事に降りることが出来たのです。
やっとの思いで降りることのできた夫人は、荒い息をはずませながら、「あなた様の信仰にとんだやきもちを焼いて、申し訳ありませんでした」と心から夫に謝りました。
それから行綱夫婦は仲睦まじくなり、それはもう人もうらやむ程になりました。
そして、この夫婦にあやかろうと、中山寺へお参りする人が多くなり、いつの頃からか子授かりの信仰や、安産祈願のお寺として有名になったということです。

鐘はお参りに来たことを、御本尊(ごほんぞん)に告げるための合図(あいず)に叩きますし、紅白の布は安産や母子の息災(そくさい)の願いを叶えるお守りとして、知られています。
今でも、戌の日(いぬのひ)(注4)に中山寺へ行ってごらんなさい。安産の帯(おび)を受ける人が、たくさんお参りに訪れていますよ。

注釈
(注1)多田行綱(ただのゆきつな)
平安時代後期の摂津多田の武士。正五位下蔵人伯耆守となる。平氏討伐に加わったが、のちには平氏に密通したという。

(注2)鰐口(わにぐち)
神社・仏閣の正面の軒に布で編んだ帯とともに吊りさげた円形で扁平(へんぺい)な中空の金属製の音具。銅や鉄製のものが多い。下方が裂けており鰐(わに)の口に似ているのでこの名がある。参詣者が縄を動かし叩いて、神社への礼拝を知らせるために鳴らすもの。

(注3)鐘の緒(かねのお)
鰐口を鳴らすためにつり下げられた帯状の紐(ひも)のこと。

(注4)戌の日(いぬのひ)
安産信仰の吉日。犬のお産が軽いところからきたもの。

挿し絵は、市内在住・在学の市民、児童・生徒から募集したものです。

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