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宝塚の民話・第1集の11

ID番号 1003705 更新日  平成26年11月10日  印刷

巡礼街道の狐(じゅんれいかいどうのきつね)

むかし、村人が「巡礼街道(じゅんれいかいどう)」と呼(よ)んでいた街道がありました。この街道は、生瀬(なまぜ)から池田(いけだ)を通り、西国街道(さいごくかいどう)(注1)と交(まじ)わっていましたので、この間を行き来(いきき)する人が大勢(おおぜい)利用していました。
今から300年ほど昔、江戸時代(えどじだい)の頃のこと、三田(さんだ)の殿様(とのさま)も参勤交代(さんきんこうたい)で江戸への行き来をする時には、いつもこの街道を利用していました。
中山(なかやま)から山本(やまもと)までの間には、両側(りょうがわ)に大きな松が生(お)い茂(しげ)って昼間(ひるま)でもうす暗(ぐら)く、あまり気持ちの良い場所ではありませんでした。
この日も、江戸へ向かおうと、三田の殿様一行(いっこう)がこの場所へさしかかると、相変(あいか)わらずうす暗く、風も通らず、一行の他(ほか)は誰一人(だれひとり)として歩いている人がいません。
こんな所は急いで通り過(す)ぎてしまおうと、お供(とも)の侍達(さむらいたち)は「下にぃ下に」と一段(いちだん)と声を張り上げて、行きました。
すると向こうからも供侍(ともざむらい)を連れた行列(ぎょうれつ)が、こちらにむかってくるではありませんか。

巡礼街道の狐の挿し絵

「やや、どこのお殿様の行列であろう。何も聞いておらんぞ。」と言っている間にも行列はどんどん近づいてき、肩がふれあう程になりました。
腹を立てた三田藩(さんだはん)の侍大将(さむらいだいしょう)が「無礼者(ぶれいもの)っ」と相手の大将(たいしょう)らしい男に太刀(たち)で切りかかるやいなや、相手の行列はパット消えてしまいました。
三田藩の侍達は、そりゃあ、もう腰(こし)を抜(ぬ)かさんばかりに驚(おどろ)きました。そして、気を落ち着かせ、よくよく見ると、びっくりするような老狐(ろうきつね)がひっくり返(かえ)っているではありませんか。
「この老狐め、みね打ちじゃ。しっかりせい。」とどなりつけたら、気がついた老狐はスタコラサッサと、すっとんで逃(に)げて行きました。その格好(かっこう)のおかしいことといったらありません。殿様はじめ、皆で笑いころげたそうです。

それにこりて狐は出なくなったかって。
それが、それからもちょくちょく出て来ては、旅人(たびびと)をばかにしたり、驚かせていたようですが、ちょっと調子(ちょうし)に乗り過ぎていたのでしょう。最後にとうとう切り捨てられてしまったということです。

注釈
(注1)西国街道(さいごくかいどう)
西宮から伊丹を経て、箕面を通り伏見を経て、京都に到る街道のこと。
今日の国道171号線や国道1号線の一部。

挿し絵は、市内在住・在学の市民、児童・生徒から募集したものです。

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