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たからづかの歴史散歩A

ID番号 1003721 更新日  平成26年11月10日  印刷

仁川(にがわ)・小林(おばやし)・逆瀬川(さかせがわ)・宝塚(たからづか)地域

西宮街道またはその付近の文化財・歴史的遺産及び現代建築物・施設

ガイドマップ番号 1~18
説明書きの番号はガイドマップの番号と一緒ですので、位置を参考にしてください。

1.五ヶ山古墳群(ごかやまこふんぐん)

五ヶ山古墳群の写真

五ヶ山古墳群には4基の古墳があり、1号墳(既に消滅)・2号墳は西宮市、3・4号墳は宝塚市にあります。宝塚市の指定史跡の4号墳は、公園内に保存されており、全長10メートルほどの横穴式石室を持つ円墳で6世紀末から7世紀初頭にかけて築かれたものです。

2.弁天池(べんてんいけ)

弁天池の写真

阪急電車で仁川から小林へ向かうと西側に大きな池が見えます。この池は弁天池と呼ばれ灌漑用のため池でした。「仁川の大池」とも呼ばれ、子どもたちを池に引っ張り込む池のヌシが、逆に子どもたちに捕まえられたという民話も伝わっています。

3.熊野神社(くまのじんじゃ)

熊野神社の写真

伊邪那美之命(いざなみのみこと)などを祭神とする神社です。奈良の春日大社からこの熊野神社へ雌雄2頭の使いの鹿がやってきた時に、雌鹿の姿を見失った雄鹿が、井戸に映った自分の姿を雌鹿とまちがえ井戸に飛び込み死んだため、塩漬けにして奈良に送り返したところから「鹿塩」という地名ができたとの伝承があります。

4.宝塚(阪神)競馬場(たからづか(はんしん)けいばじょう)

宝塚(阪神)競馬場の写真

4月に行われる「桜花賞」や7月の「宝塚記念」などのレースの開催地として有名な競馬場です。雄大な建物はパドックとともに、チョウが羽を広げたような大屋根でおおわれ、宝塚のランドマークの一つになっています。

5.高司素盞嗚命(たかつかさすさのおじんじゃ)

高司素盞嗚命の写真

素盞嗚命(すさのおのみこと)をまつるこの神社の本殿は一間社流造で、江戸時代前期に造られたものです。左右の相殿も江戸時代の中期に建てられたもので、同一社内で江戸時代各時期の建築が見られる貴重な例として兵庫県指定の重要有形文化財になっています。

6.小林聖心女子学院本館(おばやしせいしんじょしがくいんほんかん)

小林聖心女子学院本館の写真

昭和2年(1927年)に建築された本館は、アメリカの建築家レイモンドが設計した鉄筋コンクリート造りの建物です。教室、講堂、礼拝堂などを配置し、角を曲線にするなどやわらかい印象があり国の登録文化財になっています。

7.逆瀬川砂防堰堤(さかせがわさぼうえんてい)

逆瀬川砂防堰堤の写真

逆瀬川上流域では、一雨で千石の砂を流すといわれるほどの荒れ地でしたが、明治時代の後半から全国の先駆けとして築かれた砂防堰堤などにより、流域の水害は大きく減りました。

8.宝塚神社(たからづかじんじゃ)

宝塚神社の写真

明治以前は山王権現と称して崇拝を受け、昭和40年(1965年)には素盞嗚命(すさのおのみこと)を合祀して宝塚神社と改めました。境内からの眺めはすばらしく初日の出を拝むには絶好の地です。また、1月10日の宝塚えびす祭は大変にぎわいます。

9.平林寺(へいりんじ)

平林寺の写真

宝塚市指定文化財の木造釈迦如来坐像を本尊とする平林寺は真言宗のお寺で、寺伝によると聖徳太子の開創と伝えられます。境内に置かれている石造露盤(ろばん)は宝形造(ほうぎょうづくり)のお堂の屋根に置かれるもので、鎌倉時代のものです。

10.一本松地蔵(いっぽんまつじぞう)

一本松地蔵の写真

かつて逆瀬川駅前の県道に面して、樹齢500年あまりの巨大な一本松があり、旅人の休憩場所になっていましたが、樹勢が衰え昭和33年(1958年)に伐採されました。逆瀬川の繁栄はこの松の生命力を譲られたものとされ、その後、身代わり地蔵がまつられ「一本松地蔵」と呼ばれています。

11.伊和志津神社(いわしづじんじゃ)

伊和志津神社の写真

平安時代に書かれた「延喜式神名帳」(えんぎしきしんめいちょう)にその名を残す古い神社です。かつては武庫川の川辺近くにありましたが、水害を避けるため今の場所に移ったといいます。一間社春日造柿葺(いっけんしゃかすがづくりこけらぶき)の本殿は江戸時代中頃のもので、宝塚市指定の文化財です。

12.伊孑志の渡し(いそしのわたし)

伊孑志の渡しの写真

西宮と小浜をつなぐ西宮街道が武庫川を越えるところでは、江戸時代から橋がなく、「伊孑志の渡し」と呼ばれる渡し舟がありました。この伊孑志の渡しは大正の頃まで残っていたということです。

13.宝塚ホテル(たからづかほてる)

宝塚ホテルの写真

古塚正冶が設計したホテルで大正末年から昭和、平成にいたる70年以上にわたって宝塚のランドマークであり、大正期のモダニズムを残す唯一の建物です。外観は切妻屋根が載る4階建の郊外型リゾート様式のホテルです。

14.宝塚温泉(たからづかおんせん)

宝塚温泉の写真

明治20年に開業した宝塚温泉は、炭酸ガスを含んだ塩類泉で神経痛・疲労回復などに効果があり、宝塚市発展の基礎になりました。平成14年(2002年)1月には「湯の町宝塚」の復活をめざし新しい温泉施設がオープンしました。

15.塩尾寺(えんぺいじ)

塩尾寺の写真

室町時代に悪疾をわずらった老婆が観音様の功徳により、武庫川岸の柳の木の根元から湧く塩からい霊水で病を治し、その柳の木で彫った十一面観音像を塩尾寺におまつりしたという話が伝えられています。この霊水が宝塚温泉の源泉だともいわれます。

16.宝塚大劇場(たからづかだいげきじょう)

宝塚大劇場の写真

大正3年(1914年)に誕生した宝塚歌劇の華麗なステージは多くのファンを魅了し、宝塚のイメージをかたちづくっています。誕生当時、室内プールを改造した舞台から始まった歌劇場は火事による焼失や戦争末期の海軍による接収など幾多の変遷を経て、現在の建物は平成5年(1993年)に建てられたものです。

17.花のみち

花のみちの写真

宝塚駅から宝塚大劇場などへ向かう「花のみち」は、春は桜が咲き誇るなど華やかで宝塚のイメージを象徴するような道といえます。中央部の歩道が一段高くなっているのは、もとはここが武庫川の堤防だったからです。

18.手塚治虫記念館(てづかおさむきねんかん)

手塚治虫記念館の写真

世界的な漫画家、手塚治虫が5歳から24歳までを過ごした宝塚での生活は、作品を作る上で大きな影響を与えることになりました。記念館では、映像ホールや手塚作品のライブラリー、アニメ制作体験など様々な形で「手塚治虫の世界」を満喫することができます。

このページに関するお問い合わせ

教育委員会 社会教育部 生涯学習室 社会教育課
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電話:0797-77-2029 ファクス:0797-71-1891
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