エンターキーを押すと、ナビゲーション部分をスキップし本文へ移動します。


現在位置:  ホーム > 市長のページ > 市長メッセージ


ここから本文です。

市長メッセージ

ID番号 1001534 更新日  平成31年3月29日  印刷

市長メッセージ(平成31年(2019年)4月1日)

宝塚から始まる息吹(いぶき)

 「三寒四温」の言葉が実感されるこの頃、風邪を引いたり、花粉症でマスクが離せないという方に出会います。季節の変わり目の体調にはお気を付けください。
 さて3月16日、日本で初めてとなる珍しい自動販売機が宝来橋畔(ほとり)のナチュールスパ宝塚横に設置されました。特別にラッピングされた自動販売機で販売される、すべてが「ウィルキンソン タンサン」。なぜここにウィルキンソン タンサンなのか。実はこの炭酸水が最初に発見されたのが、現在の「ホテル若水」の傍らだったのです。明治22年頃、狩猟の途中に立ち寄った英国人ジョン・クリフォード・ウィルキンソン氏がその鉱泉を見いだし、瓶詰めにして発売したのが始まりでした。
 宝塚市在住の郷土史家の鈴木博氏が宝塚への愛着とその歴史への興味から、なぜ明治の宝塚に外国人観光客が訪問したのか、また、なぜ洋式ホテルがごくわずかだった明治期に「タンサンホテル」が存在したのか。膨大な資料を研究し、2017年に「ウィルキンソン・タンサンと宝塚」と題して書物にまとめてくださり、史実に基づいた“証し”を私たちは知ることが出来ました(中央図書館「みんなのたからづか マチ文庫」コーナーで閲覧可)。心から感謝申し上げます。
 昨年頃から「ホテル若水」横の武庫川の川面に、ポコポコと炭酸が湧き出ているのを見ることが出来るようになりました。発見した折に「酸(す)い水」と「鹹(しおから)い水」の二通りあって、「鹹い水」が温泉だったことから宝塚温泉として栄えていくことになりました。100年以上も遠い昔、戦争や震災でまちの姿は変わってしまいましたが、懸命に調べてくださった鈴木氏の労作によって、「タンサン発祥の地」としてその時代に思いを馳(は)せ、そしてウィルキンソン家の人々が戦争中に受けた苦難をも知ることが出来ますので、ぜひ鈴木氏のブログ(ウェブで「ウィルキンソン・タンサン 鈴木博 ブログ」で検索)もご覧になってください。ハイボールの味がますます心と体に浸みていくことでしょう。
 また、宝塚市は4月から公文書で「障がい」の表記を「障碍(がい)」に改めます。「害」には「害する」のほか「わざわい」の意味がありますが、「碍」は旅人の行く手に岩が立ちはだかっているという意味です。社会の環境、人々の意識、それを取り除くことが大切だと、改めて決意するために漢字にこだわりました。これもまた市民である豊田徳治郎氏が調べ続け、国にも働きかけて、やっと昨秋、「自治体や団体は“碍”を使用することを妨げない」という見解を引き出すことが出来ました。このことで本市が全国で初めて使用することになりました。まちづくりは市民の皆さんと一緒に考え行動することによって、より広く、より深く、そして何より楽しくなると思います。今後とものご協力をお願いします。
 最後に、4月の統一地方選挙にご協力を。小規模の自治体では議員のなり手が激減、首長の無投票当選も増えているそうです。県議選が4月7日、市議選が4月21日。皆さんの一票が民主主義の礎(いしずえ)です。どうかその一票を大切にしてくださるよう心から願いましてペンを置きます。

過去のメッセージ

PDF形式のファイルをご利用するためには「Adobe(R) Reader」が必要です。お持ちでない方は、Adobeのサイトからダウンロード(無償)してください。Adobeのサイトへ新しいウィンドウでリンクします。

このページに関するお問い合わせ

企画経営部 政策室 秘書課
〒665-8665 宝塚市東洋町1番1号 本庁3階
電話:0797-77-2060 ファクス:0797-77-2080
お問い合わせは専用フォームをご利用ください。