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宝塚の民話・第1集の14

ID番号 1003688 更新日  平成30年12月21日  印刷

弓術の名人・午九郎(きゅうじゅつのめいじん・うまくろう)

多田源氏(ただげんじ)(注1)に仕(つか)える武将(ぶしょう)・坂上(さかうえ)一族(いちぞく)が治(おさ)めていた山本郷(やまもとごう)は、弓道(きゅうどう)の盛(さか)んな所で弓術(きゅうじゅつ)の名人(めいじん)がたくさんいました。なかでも午九郎(うまくろう)の腕前(うでまえ)はたいしたもので、的(まと)に向かえば百発百中(ひゃっぱつひゃくちゅう)で、一度もはずしたことがなかったと伝(つた)えられています。

ある時、午九郎が射的場(しゃてきば)を通りかかると、弓(ゆみ)を射(い)る音が聞こえます。誰(だれ)が稽古(けいこ)をしているのだろうと覗(のぞ)いて見ると、一人の武士(ぶし)が的に向かって矢を放(はな)つところでした。
矢は的を外(はず)れて、下に落ちてしまいました。午九郎は思わず、「黒星(くろぼし)」とさけんでしまいました。
「一体(いったい)お前は何ものだ。たまたま失敗(しっぱい)したのを見て、黒星とは何事(なにごと)だ。お前は決(けっ)して失敗しないとでも言うのか。」

弓術の名人・午九郎の挿し絵

紀州(きしゅう)の武士と名乗(なの)るその男はカンカンに怒(おこ)り、午九郎に勝負(しょうぶ)をいどんできました。
「はい、その倍(ばい)の距離(きょり)でも。」午九郎は涼(すず)しげな顔で答えました。
「よし、それでは倍にして射てみろ。一度だけだぞ。もし射そこねたら、ブッた切ってやるから、そう思え。」
約束(やくそく)通(どお)り、的の距離を倍にした射的場が用意(ようい)されました。午九郎が立った場所からは的は豆粒(まめつぶ)位(くら)いにしか見えません。
見物(けんぶつ)している人達の中からは、「いくら何でも無理(むり)じゃないか。
午九郎もうかつな事を言ったものだ」という声が聞こえます。

しかし、午九郎は少しもあわてず、静かに的に向かうと、力一杯(ちからいっぱい)弓矢を放ちました。
「ドッ」と湧(わ)き上がる歓声(かんせい)。
弓矢は見事(みごと)に的の中央を射抜(いぬ)いていました。
皆は今更(いまさら)のように驚(おどろ)き、「午九郎(うまくろう)の一筋矢(ひとすじや)」と言って、もてはやしたという事です。

注釈
(注1)多田源氏(ただげんじ)
清和源氏の一派。源満仲が摂津守となった後、摂津多田(現・川西市)に土着し、代々この地に居を構えた。
多田院(後の多田神社)を創建し、勢力を誇った。

挿し絵は、市内在住・在学の市民、児童・生徒から募集したものです。

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