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平成30(2018)年10月号 自動翻訳機能対応テキスト版(2面から5面)

ID番号 1027598 更新日  平成30年10月18日  印刷

特集(2面から5面)

【2面~5面】

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映画のまち 宝塚〜よみがえる映画の記憶〜
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<FM宝塚83.5メガヘルツ>宝塚映画祭実行委員会委員長の河内厚郎さんが出演してお話しします。
10月12日(金曜日)10時半~11時(再放送)10月14日(日曜日)15時~15時半

宝塚市内で、昭和20年代後半〜30年代前半の映画全盛期に多くの映画製作が行われていたことをご存じですか?
  昭和13年に宝塚映画製作所が開設されてから今年で80年。平成7年の阪神・淡路大震災で閉鎖となりましたが、宝塚から薄れつつあった映画の記憶は、宝塚映画祭として受け継がれています。
  今回の特集では、かつての映画の都 宝塚について、歴史を振り返りながらご紹介します。

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第1章 宝塚映画の始まり
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◆宝塚歌劇団から始まった宝塚の映画の歴史
映画製作の始まりは、阪急東宝(東宝は東京宝塚の意)グループの創始者で宝塚少女歌劇団(現在の宝塚歌劇団)の設立者、小林一三氏が「宝塚歌劇の中に映画場面を取り入れ、キノ・ドラマ※をつくれ」と命じたことがきっかけで、第1作目として『軍国女学生』が誕生し、この作品は後に映画化されました。
そして昭和13年、現在の関西学院初等部のあたり、かつての宝塚ファミリーランドの東端に撮影所が設けられました。翌年には、宝塚歌劇団に「映画課」が設けられ、この撮影所で劇場用映画が製作されるようになります。
しかし、昭和16年の太平洋戦争に国力を集中させるため、国は各業界に統制を行い、映画界でも東宝、松竹、日活、新興、宝塚など十社あった映画製作会社を三社に縮小したため、宝塚の撮影所は閉鎖されました。
  ※キノ・ドラマ…劇中に映画を挿入する形式のこと

◆宝塚映画製作所が発足
戦後、復興が進むとともに映画は娯楽の王様となり、数多くの映画が作られ、映画館は多くの観客でにぎわいました。昭和26年、株式会社宝塚映画製作所が設立され、閉鎖されていた撮影所での映画製作が再開されます。第1回作品は『元禄水滸伝(げんろくすいこでん)』で、以後も時代劇の製作が順調に続きました。しかし昭和28年、撮影所は漏電が原因で全焼し、急きょ西宮北口に仮設スタジオを作り、撮影をすることとなりました。
昭和31年、元の場所に新撮影所が完成します。約2万平方メートルの敷地に冷暖房を完備し、同時録音可能、天井の高さは17メートルもあり俯瞰(ふかん)撮影(高い位置からの撮影)も可能という、当時としては東洋一の撮影所でした。その後この撮影所は、かつての宝塚ファミリーランドのイベントホールとして使用されました。

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第2章 宝塚映画の最盛期
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◆「映画のまち」になった宝塚
最盛期の日本映画の年間観客数は、11億2700万人にも及びました。新撮影所の完成とともに、宝塚映画製作所も黄金期を迎え、昭和31年には500人以上のスタッフで時代劇、コメディ、文芸作品、青春もの、関西色の強いものなど、年間20本もの作品を製作しました。

◆宝塚映画ならではの独特の世界観
当時、監督や俳優のほとんどが映画制作会社の専属でした。松竹、大映、東宝、日活、東映の映画制作会社5社は、監督や俳優を引き抜き合わないという「五社協定」を結びましたが、宝塚映画製作所はこの協定に加わらなかったため、いろいろな監督・俳優が1つの作品に出演するということが可能でした。
阪神間の風土を反映してか、撮影所内の雰囲気は明るく自由で、そうした空気が「宝塚調」と呼ばれる独特の世界観を創りあげました。
また宝塚は、川や山に恵まれ、神社仏閣が多く、住宅街、田園風景など、時代劇・現代劇を問わず撮影場所に恵まれていました。市内や近郊で盛んに撮影が行われ、エキストラとして市民が出演することもありました。

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第3章 宝塚映画製作所の閉鎖
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◆映画産業の衰退
昭和30年代になりテレビが普及すると、家庭で映像が見られるようになり、次第に映画人気が衰退していきました。昭和30年代半ばには1億の国民が1年間に平均12回映画館へ足を運んでいたのが、昭和52年には1.5回に激減します。
時代の流れを反映してか、宝塚映画製作所はテレビドラマの制作に移行していきました。そのほか、昭和45年に開催された大阪万博では、日本館をはじめ多数の展示館の計画・設計・展示・立体映像制作を手掛けたり、宝塚ファミリーランドでイベントの制作を行ったり、居酒屋や食堂、駐車場を経営したりするなど、多角的な経営を行っていました。
昭和53年の『お吟(ぎん)さま』を最後に劇場映画から撤退し、テレビドラマの制作が中心となりました。
◆宝塚映像としての再スタートと閉鎖
昭和58年、宝塚映画製作所は「宝塚映像」へと名称を変え、ドラマの制作を続けましたが、平成7年の阪神・淡路大震災を機に、ついに制作活動を止めることになります。21世紀に入って撮影所だった建物も姿を消し、宝塚における映画制作の歴史は忘れ去られようとしていました。

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あの巨匠監督、大物俳優が
宝塚映画製作所で活躍!
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◆監督一覧
小津安二郎、成瀬巳喜男(みきお)、稲垣浩、豊田四郎、川島雄三、井上梅次(うめつぐ)、木下恵介、岡本喜八ほか
◆出演俳優一覧
森繁久彌(ひさや)、淡島千景、嵐寛寿郎(かんじゅうろう)、三船敏郎、田中絹代、八千草薫、小林桂樹(けいじゅ)、フランキー堺、ミヤコ蝶々、仲代達矢、司葉子、宝田明、藤田まこと、加山雄三、新珠(あらたま)三千代、美空ひばり、江利チエミ、雪村いづみ、中村扇雀(せんじゃく)(現・坂田藤十郎)、扇千景、高島忠夫ほか

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主な作品
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宝塚映画製作所で製作された映画は『元禄水滸伝』に始まり『お吟さま』まで、全176タイトルにのぼります。このうちの主な作品タイトルをご紹介します。
・1955年「ジャズ娘乾杯」
・1956年「恋すがた狐御殿」、「桂春団治」
・1958年「暖簾(のれん)」
・1959年「貸間あり」
・1960年「嵐を呼ぶ楽団」
・1961年「小早川(こはやかわ)家の秋」
・1962年「放浪記」、「新・狐と狸」
・1964年「沙羅の門」
・1965年「姿三四郎」
・1966年「何処へ」
・シリーズ「サザエさんシリーズ」、「鞍馬天狗シリーズ」、「右門捕物帖(うもんとりものちょう)シリーズ」、「若大将シリーズ」

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参考文献
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・宝塚映画祭実行委員会編(2001)『宝塚映画製作所―よみがえる“映画のまち”宝塚』のじぎく文庫
・宮戸聡(2005)「宝塚の映画」、宝塚市大事典編集委員会編『宝塚市大事典』pp.382-385、大阪書籍株式会社
・長沼隆之(2000)「『映画のまち』のルーツ―宝塚映画製作所の歩み―」、宝塚市立中央図書館市史資料担当編『市史研究紀要たからづか第十七号』pp.1-26、宝塚市教育委員会

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第4章 よみがえる「宝塚映画」の記憶
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◆市民による市民のための映画祭
宝塚映画祭は「宝塚にもう一度映画の灯をともしたい」という想いから、平成12年から毎年秋に開催され、次の3つのコンセプトをもとにしています。
1.市民参加型
実行委員会形式で運営し、年齢や居住地にかかわらず多様な市民が参加することで市民も映画ファンも楽しめる映画祭を目指しています。
2.「映画の記憶」を次の世代へ
宝塚がまさに「映画のまち」だった時代の記憶を次の世代へと伝えるべく、毎年宝塚映画に関する特集を企画し、作品の発掘と上映を行っています。
3.地域を応援
映画祭の会場は、阪急売布神社駅前にある市内唯一の映画館シネ・ピピアです。映画祭を通して、地域の重要な文化拠点である同館を応援しています。

◆映画祭の軌跡
宝塚映画祭は、宝塚映画製作所で製作された映画を中心に、毎年魅力的な作品が上映されているほか、当時作品に関わった監督や俳優、そしてスタッフをゲストに招くなど、さまざまなイベントを行っています。
過去には、手塚治虫特集、谷崎潤一郎特集、タカラジェンヌ特集など、さまざまなテーマを取り上げて映画祭を開催。地元に密着した映画祭であることから、映画ファンだけでなく、昔を懐かしんで会場を訪れる市民など、毎年千人以上が来場します。
宝塚映画製作所の閉鎖後、忘れられつつあった宝塚の映画文化は、この市民活動によって再び根付こうとしています。

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インタビュー Interview
宝塚市大使
宝塚映画祭実行委員会委員長
阪急文化財団理事
河内 厚郎(かわうち あつろう)さん
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◆かつての宝塚はどんな様子でしたか?
武庫川沿いの温泉旅館街や宝塚ホテルに映画人が出入りしていて、宝塚の町なかや阪急今津線の車内で名の知られた俳優さんの姿を見かけることがよくありました。私の実家が経営するアパートに宝塚映画の大部屋俳優さんが住んでいたこともあり、ロケを見に行ったりもしました。

◆映画祭を始めようと思ったきっかけは?
宝塚に映画の撮影所があったという記憶が風化していっているのを寂しく思っていた時、阪神・淡路大震災からの復興拠点の一つとして、売布にシネ・ピピアという素敵な映画館が誕生したことが、大きな動機でした。まだ地元の映画人が健在なうちに映画祭を始めたかったのです。

◆どんな活動をしていますか?
宝塚映画製作所で撮られた作品を上映し、各作品に関わった監督や助監督、シナリオ作家、カメラマンといった人たちに、思い出話を語ってもらっています。当時のロケ地のラリーをしたこともあります。過去には映像コンクールも毎年のように行い、そこからプロの人材も育っています。また復活したいですね。

◆市民の皆さんへメッセージ
宝塚が、歌劇のまちであると共に、映画のまちでもあったという歴史を知ってほしいと思います。「東宝」の社名は「東京宝塚」を縮めたものであることはあまり知られていません。日本の芸能界における、宝塚の位置付けの大きさ、存在感というものを再認識していただければ嬉しいです。

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第19回宝塚映画祭を開催します! [ID 1027489]
宝塚映画祭実行委員会(電話番号 06・6940・0730、河内厚郎事務所内)
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第19回は「宝塚映画名作選~宝塚映画80周年~」をテーマに、「太夫(こったい)さんより 女体は哀しく」(1957)や「新・狐と狸」(1962)「海の若大将」(1965)、「悪の紋章」(1964)などの作品を上映します。
シネ・トークでは、数々の宝塚映画の監督助手を務めた高野昭二(たかの しょうじ)さん、辻井康一(やすかず)さん、撮影助手を務めた田邉皓一(たなべこういち)さんなどをゲストに迎え、トークショーを行います。そのほか、轟(とどろき)夕起子生誕101年を記念した「飢える魂」の上映や、黒澤明監督の「酔いどれ天使」など4作品の上映、宝塚映画ポスターの展示コーナーなど、映画を満喫できる内容となっています。
この機会に宝塚映画の歴史を感じてみませんか?

[日時]11月17日(土曜日)~23日(祝日)
[場所]シネ・ピピア
[費用]
当日1回券1200円(シニア・学生1100円)
黒澤 明作品(11月20日(火曜日)・21日(水曜日))500円(当日券のみ、前売券は使用不可)
前売1回券千円、3回券2700円
10月1日(月曜日)からローソンチケット(Lコード55295)、シネ・ピピア、市文化財団、ベガ・ホール、宝塚文化創造館で販売。※上映スケジュールなど詳しくは市ホームページへ。

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シネ・ピピアで映画を観よう!
シネ・ピピア(電話番号 87・2261 ファクス番号 83・1013)
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◆シネ・ピピア誕生のきっかけ
宝塚はかつて映画撮影所があった「映画のまち」でありながら、平成11年に「シネ・ピピア」がオープンするまで、約30年間映画館がありませんでした。
「宝塚に映画館を!」と、映画好きな主婦や市民の皆さんが平成2年から活動を開始し、自主上映会を行いながら気運を盛り上げていたところ、平成7年に阪神・淡路大震災が発生しました。
   甚大な被害を受けた阪急売布神社駅前に、震災復興の一環として駅前再開発ビル「ピピアめふ」が建設され、災害などが起こったときの避難先である同施設の中に、市民の皆さんのご要望を受けて映画館「シネ・ピピア」が誕生しました。
平成12年から毎年秋に開催される「宝塚映画祭」も第19回を数えるなど、多彩な映画の数々を上映するとともに、市民文化を体現する場として、「シネ・ピピア」は皆さんの思いを受け継ぎ運営されています。
◆館内をご紹介します
シネ・ピピアは、映画館の所有者は宝塚市、それを民間が運営する「公設民営」の映画館です。最新のロードショー作品から、話題作や問題作、ドキュメンタリー映画までの多種多様な作品に加え、
  市民の皆さんからリクエストを受けた作品も上映するなどして、好評を得ています。
昨年座席をリニューアルするなど、オープンから20年近くたった館内を一新。より快適に楽しんで映画を鑑賞できるほか、最新上映技術に応じたデジタル映写機や、国内トップクラスの音響設備で臨場感あふれる作品を提供しています。また、車いす席や補聴器設備を完備するなど、バリアフリー対応の映画館です。館内にはカフェやガーデンテラスも併設され、映画の待ち時間などの利用に便利です。
市内にある身近な映画館として、シネコンには無いアットホームな環境をぜひお楽しみください。映画鑑賞の特典など詳しくはシネ・ピピアホームページをご覧ください。

 

このページに関するお問い合わせ

市民交流部 きずなづくり室 広報課
〒665-8665 宝塚市東洋町1番1号 本庁3階
電話:0797-77-2002 ファクス:0797-74-6903
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