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マルチクリエイター 松本かつぢの世界展

ID番号 4000144 更新日  平成28年10月23日  印刷

イベントカテゴリ: お出かけ 文化・芸術

第69回企画展

69ポスター
(C)松本かつぢアート・プロモーション

「リボンの騎士」が発表されるもっと前に、ストーリーのある少女漫画が描かれていたのはご存じですか?手塚治虫よりも前に、締切りが迫り、編集者が泊まり込むような状態で、当の本人は捻り鉢巻きで徹夜をしながら漫画を描いていた人物がいたのはご存知でしょうか?

松本かつぢ――1904(明治37)年、神戸市に生まれた彼は、1928(昭和3)年頃から雑誌に抒情画や漫画の連載を始めました。その後、名作絵本に童画を描いたり、最晩年にはキャラクターデザインを手がけたりと、戦前から戦後にかけて活躍したマルチクリエイターでした。しかし、彼の描いた作品を目にしたことは多々あるのに名前が知られていないのは、彼の活躍が多岐にわたっていたが故に、どの分野にも属さなかったからかもしれません。

今年は松本かつぢが亡くなって30年になります。これを機会に、兵庫県出身の偉大な作家の活躍をぜひ知ってください。

日時

平成28年10月28日(金曜日)から 平成29年2月20日(月曜日)

時間詳細

9時30分~17時(入館は16時30分まで)

対象

どなたでも

施設

手塚治虫記念館
2階企画展示室

注意事項

休館日:毎週水曜日(2016年11月23日、2017年1月4日は開館)、2016年12月29日~31日

松本かつぢプロフィール

本名 松本 勝治。

1904(明治37)年7月25日、神戸市相生町生まれ。

父親の仕事の都合で小学校4年生の終わり、1914(大正3)年に一家で上京し、神田猿楽町に住むようになる。

立教中学在学中、家計を助けるためのアルバイトとして雑誌のカットを描いたのがきっかけとなり、立教中学を中退して川端画学校へ入りデッサンを学んだ。

1928(昭和3)年頃から本格的に挿絵画家として活躍。少女雑誌で圧倒的な支持を集め、中原淳一と人気を二分した。

1938(昭和13)年には少女漫画の先駆けである「くるくるクルミちゃん」を発表。掲載媒体を換えながら35年に渡って描き続けられた。またクルミちゃんは次々とグッズ化され、キャラクターグッズの元祖ともなった(ニセモノが出回るほどの人気ぶりだった)。

戦後はマルチな画才を生かして童画や絵本の分野にも幅を広げる一方、ベビーグッズの企画・制作にも本格的に取り組むようになった。

1970年代前半に静岡県中伊豆へ移住、晩年をそこで過ごした。1986(昭和61)年5月13日、永眠。

なお、弟子には上田トシコ、田村セツコがいる。

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このページに関するお問い合わせ

産業文化部 宝のまち創造室 手塚治虫記念館
〒665-0844 宝塚市武庫川町7番65号
電話:0797-81-2970 ファクス:0797-81-3660
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