宝塚市まちの歴史
宝塚という地名の由来

宝塚は、古く縄文・弥生時代にさかのぼる昔から、人々の営みが続けられてきた土地。200基を超す古墳などが、その歴史を物語っています。
1701年に岡田渓志という人物が編さんしたとされる地誌・摂陽群談には、宝塚について「この塚のそばで物を拾う者に必ず幸せあり。このことによって宝塚の名が付いたといわれている」などと紹介されています。
「塚」とは市内に数多く残る古墳のこと。幸福をもたらす土地として人々に語り伝えられ、宝塚の地名が生まれたと考えられています。
中世以降のまちの歴史

中世になると農耕が盛んになり、また17世紀後半には山本地区の植木産業が本格的な発展を見せ始めました。
街道の宿場町として小浜地区が栄えたのは江戸時代のころ。
小浜を通っていた旧街道沿いには、今も多くの寺社や文化財が点在しています。
宝塚が観光のまちとして知られるようになったのは、明治以降のこと。
明治17年、武庫川右岸で温泉が発見され、明治20年に宝塚温泉が開業しました。
明治30年には阪鶴鉄道(現在のJR宝塚線)が開通。

明治末には小林一三らの努力により、箕面有馬電気軌道(現在の阪急電鉄宝塚線)が開通しました。
小林氏はさらに武庫川左岸に新温泉を開業させ、大正3年にはそこで宝塚少女歌劇(現在の宝塚歌劇)が誕生。
その後は「歌劇と温泉のまち」として広く知られるようになります。
市のあゆみ

宝塚市の市制施行は昭和29年4月1日。
武庫川をはさんで宝塚町と良元村が手を結び、宝塚市が誕生。 翌30年には隣接の長尾村と西谷村を合併し、現在の市域がほぼ確定しました。
その後、住宅地として発展し、特に高度経済成長期には人口が急増。
市制施行当時、約4万人だった人口は昭和62年には20万人を突破しました。
詳しい歴史については宝塚市市史資料室のホームページをご覧ください。
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