宝塚の民話・第2集の7
人取り川(ひととりがわ)
むかしは大きな川には橋がかけられていませんでしたので、人々が向こう岸へ行くときは舟を使うか、浅瀬(あさせ)を歩いて渡るしかありません。
武庫川(むこがわ)にも現在の宝塚新大橋のすこし上流に「伊孑志(いそし)の渡し」(注1)という渡し舟がありました。いつもはゆったりと流れ、里人達の暮らしを助けてくれる武庫の川も、大雨の時にはこの渡しも使えないほどの増水(ぞうすい)がありました。
こんな時には里人達は堤(つつみ)に集まって増水を警戒(けいかい)します。また、このような時、上流からくる流木(りゅうぼく)などを、鳶口(とびぐち)(注2)などを使って引き寄せて集めるのです。
ある大水の時のこと、村人達が集まり、いつものように武庫川に流木を引き寄せていました。すると一本の大きな丸太(まるた)が流れてきました。
「おっ、もらったぞ」元気のいい気の早い若者がすばやく岸辺に降りると、鳶口をポンと丸太に打ち込み、引き寄せました。するとゴロリとひっくり返って腹を見せたものは何と、大蛇(だいじゃ)だったのです。
「うわーっ」と驚きの声を上げると同時に、若者は手にした鳶口もろとも、大蛇に引きずられ、荒れ狂う武庫川に飲み込まれました。
それを見ていた村人達は急いで若者を助けようと必死に捜しましたが、若者はそれっきり、浮かび上がってきませんでした。
このようなことが、たびたびあったことから、「大雨になると武庫川の上流の池に棲むヌシが、出てきて人を呑み込むのだよ」と言い伝えられてきています。そこで、急に増水した武庫川のことを「人取り川」と呼ぶのだそうですよ。
注釈
(注1)伊孑志の渡し(いそしのわたし)
武庫川の宝塚新大橋のすこし上流にあった渡しで、江戸時代から大正のはじめ頃まで小舟による運行があった。このほか武庫川には「髭(ひげ)の渡し」や「生瀬(なまぜ)の渡し」もあった。
(注2)鳶口(とびぐち)
棒の先に鉤状の鉄をつけた消防用具で、木材を引っ掛ける道具。鳶の口先に似るところからこの名がある。
挿し絵は、市内在住・在学の市民、児童・生徒から募集したものです。
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